2012年11月07日

叔父との別れ・・

先週末、突然父から電話があり「落ち着いて聞け、今日叔父さんが亡くなった」と
連絡を受けました・・そのような兆候が全くなかったので、まさに青天の霹靂
突然心筋梗塞で倒れ、その日に亡くなってしまったようです。

叔父である松本晃は、松本家の長男で父が次男、そして父の姉と妹の4兄弟でした。
祖父が市長選挙、祖母が県議選挙の時は長男として選挙を取り仕切り、
祖母が引退した後は、私より若い29歳という若さで県議に初当選しました。
2期8年務めた後、父に引継ぎ、東京で仕事をしていました。

私は大学で上京してから時々叔父に会うようになり
「洋介は私と同じ松本家の長男だから、しっかり跡を継いでがんばってほしい」
と励ましてくれ、結婚した時も子供が生まれた時も実の息子のように喜んでくれ
長崎に戻ってからも、父が政治家なので相談しにくいことも叔父が聞いてくれました。

ジェトロ(日本貿易振興機構)にも努めていた経験もあり、語学が堪能でした
長崎シンガポール・マレーシア協会の会長も務めていて、経済界に幅広い人脈も持っていました
しかし選挙になると血が騒ぐのか、いつも大村に来て応援をしてくれました。

今回の私の選挙にも叔母と一緒に大村に入り応援してくれ、いろんなとこを回り
総決起大会や最後の演説会にも参加して、挨拶をしてくれました。
当選した後に叔父が私にこう言いました
「選挙に当選すること政治家になることが目的になってはいけない、政治家になって
何をするかが大事だ。若いからできないということはない、むしろ若いからこそ
できることがたくさんあるんだ。僕は29歳でも十分県議が務まった。
だから洋介、自信を持ってやりなさい。おまえならいい政治家になる」と・・

また議員になった後も政争でもめている時も電話をしてきて
「洋介大丈夫か?先輩議員にいじめられていないか?
おまえはおとなしくて草食系だから心配だ。
いいか若くてもおまえは議員だ。先輩であろうと言うべきことは言うんだぞ!」
と不安な私をまたいつものように励ましてくれました。

幼いころから苦楽を共にした父や叔母達も突然の悲報に私以上につらいと思います
もっと話をしておきたかった後悔の気持ちでいっぱいです。
そして何の恩返しもできていません。今の私にできることは、松本家の跡取りとして
祖父や祖母、叔父や父のような政治家としての責務をまっとうすることだと思います。

選挙はボクシングのようなものです。松本家にとって叔父はセコンドみたいな存在でした
その方がいないのは寂しいですが、いつかはこんな日がくるのですから・・・
天国で祖父や祖母や叔父、そして母も見守ってくれていると思います。
期待に応えることができるよう、今日からまた改めてがんばります!


posted by 松本洋介 at 10:01| Comment(1) | エッセイ