2012年12月19日

決戦を終えて・・後篇

>県議会開会中なので週末と平日の夜しか時間がありません
早朝は企業の朝礼へ伺い挨拶し支援のお願い、県庁からもどり
演説会の応援弁士、7日間程あったと思います。
そのうち3日間は1日に3会場をまわらないといけません
しかも時間が5分、8分、10分と微妙に違うのです(−−)
どうやって調整したかというと話すスピードを変えました
第1会場はジャパネットたかたの社長のようにフレーズだけで
第2会場からは漫談のようにテンポよく、回数を重ねると
慣れてきて、笑いもとれるようになってきましたわーい(嬉しい顔)

しかし後半は寝れないことが原因で体調不良になり、しゃべりすぎて喉がはれて
喉がはれすぎて息苦しくなりまた寝れなくなり、さらに体調が悪化し、体中に
なんと「じんましん」ができがく〜(落胆した顔)さらに目の下が赤く腫れあがり・・
空き時間を利用して病院に通い、なんとか体調を回復させました。

また企画として、女性の会や自衛隊OBの会もありました。もちろん内容も変えていきます
自衛隊OBの会では、中谷前防衛庁長官が弁士でこられていたので、緊張しました。
しかしもっと緊張したのは、サプライズで石原前幹事長が来られた時です。
本人がすぐ移動するので前座で挨拶することになったので、頭の中が真っ白になりましたが
ベテランの方々のお話を聞けたこともいい経験でした。
終盤では、見るに見かねて、市長も演説会を企画してくれて、後援会の支援者150名を
谷川事務所に集めて支援をお願いしてくれました。

選挙カーにも影武者で乗りました。赤信号で止まった時だけマイクで訴えましたが
谷川先生と街頭から何回も訴えました。最終日は雨ではありましたが、誰も歩いていない
路上でベテランの谷川先生が必死で演説している背中に感動し、みんなで雨に打たれながら
路上から車に向かって手を振りました。とにかく厳しい、負けられない、必死でした。
とにかく時間がなくて、どれだけのことができたのか、自分の力不足も感じたし、勉強にも
なりました。後は結果を待つだけです。

投票日の夕方、先輩議員から連絡があり、「開票と同時に当選確実がでるかもしれんから
早く事務所に行った方がいいよ」との言葉を頂き、半信半疑のまま、事務所へ・・・
すると8時過ぎに2区の加藤先生の当確がでた数分後、3区谷川弥一、当選確実!!
まだ事務所に人が集まっていなかったのですが、突然 隣で万歳をするように言われ
また頭が真っ白に・・何を行ったのかよく覚えていません、それどころか 
緊張のあまりマイクを持ったまま 片手での万歳たらーっ(汗)
この映像が各TV局で放映され、新聞にも載りましたが、忙しかったのに体重は減らず
みっともないお腹に恥ずかしい気分です。来年は本気でダイエットをしなければ・・

選挙の結果は快勝でした。大村でも今までにない4600票以上の差がつきましたが
投票率は13ポイント下がり、得票数も下がりました。このことは厳しく受け止め
なくてはいけません。確かに民主党の期待が大きかっただけに、裏切られたことが
政治不信につながったのかもしれません。しかし日本は国民主権です。
国民が政治に対し1票を投じる権利があるのです。自分たちのために、子ども達のために
政治に興味を持って頂きたい、できれば候補者の声を聞いて判断して頂きたいです。
自民党もこれからが本当の戦いです。政権奪還した後これから何をするかが問われます
私も自民党の地方議員として、責任と自覚を持ってまた明日からもがんばります!

万歳谷川.jpg
posted by 松本洋介 at 22:40| Comment(0) | 政治活動

決戦を終えて・前篇

ブログの更新ができなくてすいませんたらーっ(汗)
突然の解散宣言から昨日まで自民党県議として、バタバタでした・・・
今回は議会開会中(通年議会なのでどっちにしろ同じなのですが)でもあり
また解散から投票日まで1か月程しかありません。
しかも大村市の自民党県議は前回は3人いたのですが、諸事情により今回は
昨年県議になったばかりの若造の私一人あせあせ(飛び散る汗)
したがって選挙対策副本部長という役職を頂きましたが、自分の後援会ではない谷川先生の
後援会に入っても、こいつで大丈夫か?的な皆さんの表情に1回目の選挙対策会議でかなりの
不安とプレッシャーでありました。

しかし演説だけなら今まで評価を頂くことがあったので、とにかく演説の準備はかなりしました
さっそく、11月26日の総決起大会、市議会議長と私と八江幹事長、金子会長、秋野参議院
というすごいメンツのなかで2番目の挨拶です。テレビ局や新聞記者も多数来ています。
ここでバシッと決めるぞと準備した原稿を縁台に置いたら、なんとマイクが大きすぎて
原稿とかぶって見えないがく〜(落胆した顔)やばあせあせ(飛び散る汗)と思いましたが、もうやけくそです。
今まで谷川先生と春からずっといっしょに演説会をまわってきました。自分のありったけの思いを、
皆さんに応援して欲しい、この方なら大村を、長崎県を変えてくれるという思いをぶつけました!

すると、自分的には緊張でいまいちだったのですが、予想以上に好評で金子先生にも
お褒めの言葉を頂きましたわーい(嬉しい顔)しかし、これでハードルが上がりました
問題は翌朝の事務所開きです・・同じネタは使えない、時間も5分から3分に短くなる
原稿も見れない、どうしよう、その夜は眠れず・・・翌朝を向かえました
瀬川政調会長や三好副会長、山本県議、坂本県議  先輩方がいるにもかかわらず
また挨拶、初めてのことですが、足ではなくマイクを持つ手が震えてしまい
両手でマイクを持って、とにかく必死でしゃべりました、話しているうちに
感情が高まり、気持ちが入ってきました。その時から何かふっきれたのか
マシンガンのように次から次に言葉がでてきて、なんとか無事にやり遂げました

後援会組織は盤石、4期目の選挙、自民党の追い風、公明党の推薦、各団体の推薦
市議が23名中15名が支援、全国的にも有利な選挙のはずです、ところが
後日の新聞では、なぜか3区だけが接戦 しかも大村が負けているとの情報ががく〜(落胆した顔)
これは、私の責任問題、力不足であります。こんな状況で負けたら、皆さんに申し訳ない
自分はなんて無力なんだ、がんばってる皆さんに申し訳ない、でもどうしたらいい
あと数日で何ができる・・いろんなことを考えていたら、毎晩寝れなくなりました・・

後篇へ続く


posted by 松本洋介 at 21:53| Comment(0) | 政治活動