2016年02月17日

松本学院はじめました!

私は25歳の時に父の市長選挙の
応援のために会社を辞めて大村に帰ってきました
父は無事に当選できましたが、私は無職無一文(−−)
政治家を志してはいましたが、まずは仕事を
ということで、竹松駅前で松本学院を始めました

全科目教えて一万円という月謝と成績がよく上がった
ことにより生徒数は半年で50名 一年で100名と・・
おかげさまで県議になるまで7年半 多くの生徒を
指導してきました。

今回も政治活動は続けていますが
福重に帰ってきたので
自宅の横にある祖父が建てた古民家を
松本学院にして昨年12月から学習塾を
はじめました(^^)

まだ3ヶ月目ではありますが、15名の生徒を
毎日 熱く指導しています
今週は1年と2年のテスト結果が返ってくる日です
塾は成績が上がって当たり前ですので
いい結果になるか不安でしたが
おかげさまでみんな期待以上の結果を
だしてくれました(^^)

テストは終わった後が大事です
答案用紙を見ながら、一人ひとりと
面接してミスの原因やなぜ勉強すべきか
必要性の確認など
本人の自主性を高めていきます!

生徒が成長していくことに大きな
やりがいをいつも感じます。
誰でも可能性はもっています
それを活かすための手法を教えるのが
私の役目です
議員の時も陳情対応で喜んで頂いた時が
一番やりがいを感じる時でした。

次は来月の高校入試です。
3カ月しか指導できてませんが
最後まであきらめず生徒と共に
がんばります!!

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posted by 松本洋介 at 15:58| Comment(0) | 松本学院

2013年12月14日

親子

ブログの更新ができないほど多忙な日々です(−−)
9月からまともな休みがほとんどありません。
忙しいのは仕事が充実しているのでありがたいのですが
家族との時間がとれず、特に娘との会話ができない時に
「親子マラソン」の企画があり、娘と出場することに決めました。

そこで毎日の空き時間を利用して近所の体育館で娘と練習を
するようになり、次第に親子の会話が増えてきました。
まだ小学一年生なのですが、親に似ず運動神経が良く
にこにこしながら元気に走っていました。

いよいよ12月8日大会当日 予想通り前日の忘年会で飲みすぎ
かなりの二日酔いのなかふらふら人生初の親子共同作業がはじまります
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1.5kmという距離もあり参加者は多数!!1年生から6年生まで200名程はいるでしょうか
練習してたから大丈夫と思っていたのが間違いでした。スタートと同時に皆さん
本気で必死で走りだし、その勢いに娘が「怖い・・」と なんとか励まし手をつないで
走っていましたが、途中あせったのか、まさかの転倒がく〜(落胆した顔)
もうだめかなと思いましたが、泣くのをこらえて走り出しました

なんとか一緒にゴールできましたが、その後も悔しくて泣いていました。
でもよくがんばったとほめてあげて、「何が食べたい?なんでもいいよ」と言うと
「大きなケーキ」と言うので、誕生日ばりに買ってあげました
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その時私が娘と同じ一年生だった時のことを思い出しました
あの頃今以上におとなしかった私は転向した学校になじめず、登校拒否になっていました
当時県議をしていた父は忙しく、まともに会話もしたこともなかったのですが、
さすがに心配になったのか、毎朝学校までいっしょに走ってくれました。
かなり忙しかったのに、今思えば大変だったと思います。まさか、その30年後に
泣き虫でおとなしい私が県議になるなんて父は想像もしなかったでしょう。

そしてその私も親として娘と手をつないで走るようになりました。
私にとって親子の絆というものは強いものがあります。
特にうちはいろんなことがあったので、苦楽を共にしてきましたから・・
親の背中を見て子は育つと言いますが、私も父のような親になれるよう
がんばりたいものです。
posted by 松本洋介 at 14:30| Comment(0) | 松本学院

2013年08月18日

初盆回り

大村三大夏祭りが終わると、今度は初盆回りです
昨年は後援会の会員の方が60名もお亡くなりになりました。
13日と14日ですべて回らせていただきましたが、
訪問先でいろんなお話を伺うことができました。
特に印象に残ったことが2件ありました。

1件は、交通事故でお亡くなりになったと伺った
おじいさんでしたが、県道の交差点で車にひかれたそうです
そこは以前から有名な諏訪の五差路という交差点で
交通量が多く地元の方々も心配していました。
いつもは家族が迎えに来るのにその日に限って
ご自分で歩いて娘さんの家に行ったそうです。
事故が起きてから信号機が設置されたことを聞いて
もしもっと早く信号ができてればと・・ご家族の
言葉に心が痛みました。

2件目は、先日黒木の川で遊んでいて川に飛び込んで亡くなった
八歳の少年のご親戚でした。おじいさんに会いに広島から一人で
来たそうで、何度も川に飛び込んで最後にもう一回飛び込んでから
帰ると言って一人残ったそうです
しかし最後に飛び込んだ場所がたまたま深い場所で・・
そこは県が管理する公園でもあり、自然の川ではありますが、
深いので「危険」などの看板があれば、このようなことはなかったのでは
というご親戚の言葉に胸が痛みました。すぐに担当者に確認したところ
すでに看板は設置してあるようですが、これも何かあってからの対応です

議員は地域の代弁者であり、地域の声を行政に届ける役目があります
私自身もっと地域の声を聞くべきですし、迅速な対応がいかに必要か
考えさせられました。なにかあってから動くのではなく
何かありそうだから行政に提案をすべきなのです。

15日はお墓参りに行きました。17年前に亡くなった母と弟のお墓と
祖父母と昨年亡くなった伯父が眠るお墓を家族で参ってきました。
墓前で手を合わせ近況の報告をしました。時々母と弟が生きていたら
どうなってたかと考えることがあります。もしあの時こうしていれば・・
今でも悔やむこともあります。初盆を回ってご遺族の気持ちを伺えば
同じ気持ちです。でも私たちは前に進まなければいけません。
故人もそのことを望んでいると思います。
私が政治家として父親としてしっかりがんばることが松本家の先祖の
ためと思い、また明日からもがんばろうと決意を新たにしたお盆でした。
posted by 松本洋介 at 09:49| Comment(0) | エッセイ